東工大 物質理工学院 材料系 H29年度(H30年度用想定問題) I-04 無機化学
【1】東京工業大学大学院 物質理工学院の過去問を自身の勉強のために解いたものです。
【2】必ずしも解答を保証するものではありせん。間違いがある場合があります。
【3】過去問は各自で手に入れてください。
- (1) ①水溶液中Cu2+とNH3の錯体形成反応における全安定度定数算出
- (1) ②[Cu(trien)]2+と[Cu(NH3)4]2+において前者の全安定度定数が大きい理由
- (1) ③[Cu(H2O)6]2+についての穴埋め問題
- (1) ④[Cr(H2O)6]3+が置換不活性になる理由
- (2) ①遷移金属錯体の立体構造と中心金属の価電子数
- (2) ②オレフィン配位子の内C-C結合が長いのはどちらか
- (2) ③η4-配位したブタジエン配位子に関する設問
(1) ①水溶液中Cu2+とNH3の錯体形成反応における全安定度定数算出
全安定度定数:logβ1=4.28, logβ2=7.84, logβ3=10.74, logβ4=12.92
解説
全安定度定数βと逐次安定度定数Kとの間にはβn=K1×K2×K3×…Knの関係がある。
つまり、次数ぶんの逐次安定度定数の積となる。
従って、各全安定度定数βの対数値は以下のように計算できる。
logβ1=logK1=4.28
logβ2=log(K1×K2)=logK1+logK2=7.84
lobβ3=log(K1×K2×K3)=logK1+logK2+logK3=10.74
logβ4=log(K1×K2×K3×K4)=logK1+logK2+logK3+logβ4=12.92
(1) ②[Cu(trien)]2+と[Cu(NH3)4]2+において前者の全安定度定数が大きい理由
[Cu(NH3)4]2+ではNH3が単座配位子なのに対して[Cu(trien)]2+はtrienが多座(二座)配位子であることから、キレート効果によって安定化する。
解説:
キレート効果とは、多座配位子によって形成された錯体(キレート錯体)が単座配位子を持つ錯体と比べて安定化する効果をいう。安定化の原理には速度論的なものと熱力学的なものがあり、前者は片方の配位座が固定されることによる実効濃度の上昇、後者は配位数の減少によるエントロピーの増大(ギブズエネルギーの減少)に起因する。
※速度論的効果に関しては、下図のように片方が反応したらもう一方も確実に反応できる(片方が外れても再結合できる)という考え方でいいと思う。
(1) ③[Cu(H2O)6]2+についての穴埋め問題
(a)長く, (b)ヤーン・テラー歪み, (c)d9, (d)dx2-y2, e)1, f)3dz2, g)2, h)静電反発
解説:
八面体構造では、中心金属のeg軌道(dx2-y2 , 3dz2)と配位子が接近するため、静電反発を生じる。静電反発の大きさは軌道に収容される電子数によって異なり、電子収容数が多いと反発により中心金属と配位子間の距離が長くなる。下図のようにdz2軌道に2つの電子が収容される[Cu(H2O)]2+ではZ軸方向に長くなる。
※ヤーンテラー歪みは八面体錯体においてeg軌道に奇数個の電子が収容される元素(d4/高スピン, d7/低スピン, d9)で起きやすい。
※dz2軌道から電子が収容されるのは、その方が全体的に安定化するかららしい。
(1) ④[Cr(H2O)6]3+が置換不活性になる理由
置換反応における解離はeg軌道に電子が収容されている場合に促進し、会合はt2g軌道に空きが存在する場合に促進される。Cr3+はd3であり、(t2g)3(eg)0であるので置換不活性となる。
解説:
八面体錯体において解離時はeg軌道に電子が存在すると配位子電子と反発して解離性が上昇し、会合時はt2gに電子の空きがあることで求核攻撃がしやすくなる。
(2) ①遷移金属錯体の立体構造と中心金属の価電子数
解説:
価電子数は電子対供与体法で考える。(異なる方法として中性配位子法がある)
a)Pd(原子番号46, 2+)で10族元素より、d電子は8(d8)である。加えて化学式より4配位であることから平面四角構造(sp2d混成軌道)を取ることで電子配置的な安定化を得ていることが予測される。
※平面四角構造(sp2d混成軌道)を取ると、中心金属d電子を収容できるd軌道が4つ(配位子との結合に使われるsp2d混成軌道にd軌道が1つ使われているため)になるので、電子収容可能数は8になる。d8錯体であれば軌道を満たすことができるため、電子配置的な安定化の効果で特に平面四角構造をとりやすい。
価電子数については、電子対供与法を用いて、中心金属Pd(2+)から電子8、配位子Cl-から2, PPh3から2ずつより16電子
b)Pd(原子番号46, 0)で10族元素よりd10である。4配位であるので正四面体構造(sp3混成軌道)になる。
四配位錯体には四面体構造を取るsp3, sd3混成軌道と、平面四角構造を取るsp2d混成軌道があるが、d10である場合、中心金属d電子がd軌道に10個収容されなければならないので、d軌道はまるまる5個残っている必要がある。したがって混成軌道にd軌道を含まないsp3混成軌道であることが予測される。
価電子数は、中心金属Pd(0)から電子10、配位子PPh3から2個ずつ(計8個)で合計18電子
c)6配位錯体の構造としては八面体構造があり、mer, facという(cis, trans的な)異性体がある。
fac, mer異性体はそれぞれ八面体の6個の頂点の内、3個の位置関係を示すもので、facは3個の配位原子が一つの3角面を占めているものであり、merは3個が八面体の子午線上に並ぶものである(つまり同一平面状)。
価電子数は、中心金属はMo(+3)で第6族元素より電子3、配位子Cl-から2、NH3から2ずつより、15電子。
d)[Fe(η5-C5H5)2]+はフェロセンの一つで、η(ハプト数/等価に配位していることを示す)より、配位子C5H5のCは5つとも等価に配位している(η5)ことがわかる。それが2個配位していることからサンドイッチ構造になっている。
価電子は、中心金属Fe(3+)から5、配位子C5H5-から6 (5/元からの供与数+1/負電荷分)ずつより17。
参考文献:新村陽一, 無機立体化学の新しい命名法, (1982)
(2) ②オレフィン配位子の内C-C結合が長いのはどちらか
C2F2の方がπ逆供与が強くなるため、Pt-C間の結合は短くなるが、C-C結合は長くなる。
解説:
前提を以下に示す。
・結合が強い程、結合長は短くなる(ex.単結合>2重結合>3重結合)。
・オレフィン配位子(η2-C2F2 , η2-C2H2)はπ逆供与(中心金属から電子を受け取り、2重結合性を帯びる)を受ける。
ここで留意するのは中心金属―オレフィン配位子間の距離はπ逆供与によって短くなるが、反対に配位子のC-C素結合は弱く長くなることである。炭素―炭素結合の長さはπ逆供与の強さで比較できる。
C2F2とC2H2ではF(電気陰性度F>H)を有するC2F2の方が中心金属からの電子を引き付けやすいためπ逆供与が強くなる。従って、η2-C2F2の方が炭素-炭素結合が長い。
参考文献
・化学徒の忘備録, 分光化学系列と配位子の電子供与、逆供与について, Accessed:2021/06/25
・大阪大学工学部, 遷移金属錯体触媒反応を理解するための有機金属化学基礎知識, Accessed:2022/05/24
(2) ③η4-配位したブタジエン配位子に関する設問
a) HOMO:Φ2, LUMO:Φ3
b)以下にブタジエンの分子軌道を示す。
c)dx2-y2
d)C1-C2結合に関しては②同じようにπ逆供与の効果が強くなるため長くなる。またC2-C3について共役二重結合の中心にある単結合は通常の単結合よりも短い状態になるが、π逆供与が進行することによって共役性が薄れC2-C3結合が長くなる(不安)。
解説:
a)分子軌道のエネルギーは節の数によって決まり、多いほどエネルギーが大きくなる。節とは波動関数が0を通過する点であり、位相の逆転が起こる点である。本問では位相を白黒で表している。Φ1は節0, Φ2は節1, Φ3は節2, Φ4は節3であることから、エネルギー準位は「Φ1<Φ2<Φ3<Φ4」となる。ブタジエンのπ電子数は4つなので、エネルギー準位の低い順に電子を収容していくとHOMO(最高被占軌道)はΦ2、LUMO(最低空軌道)はΦ3となる。
b)軌道間の相互作用(結合性軌道)は、同位相での重なりで起きる。金属d軌道とブタジエンの分子軌道(Φ1, Φ2, Φ3, Φ4)が同位相で重なる組み合わせを描く。ブタジエンの方位(xyz軸)は問題で定まっていることに注意。
※Φ4について、dxyはx軸とy軸の間に軌道が突出しているので、x及びy軸上に突出するdx2-y2よりもΦ4との重なりが大きいのではないかと考えている(不安)。
c)相互作用の相手がいないdx2-y2
d)解答と同様